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菊地成孔について その3

菊地成孔

    サキソフォン&ジャズ理論の個人教授します(生徒募集のお知らせ)


     サキソフォンの演奏とジャズ理論(主に和声理論から、作曲、編曲
     アドリブコピーの分析等々)を個人教授致します。

     以下を最低限の条件とさせて頂きます。


     <サキソフォン

     サキソフォン(ソプラニーノ、ソプラノ、アルト、テナー、バリトン、バス)
     をお持ちか、または購入予定がある方。

     レッスン開始と共に購入を希望される方には御相談に乗らせて頂きます(楽器店
     の紹介、購入時の同行。等々)。

     *読譜能力は全く問いません。



     <ジャズ理論>

     以下の楽器から一つ以上演奏できること

     ピアノ(キーボード)、ギター、ベース、サキソフォン、トランペット
     フルート、トロンボーン
     (*尚、ギター、ベースはエレクトリック・アコースティック問わず、管
      楽器はサイズ問わず)

     楽譜、もしくはコード譜が読めること。


     以上、日本語、もしくは英語が話せれば、年齢・性別・職業・国籍・宗教
     人格その他一切問いません。

     初心者の方から上級者の方まで、能力と目標に応じてカリキュラムを作成し
     御指導させて頂きます。

     レッスン料金は1時間5000円、レッスン場所は東横線都立大学駅」前に
     なります。





以上、当時の菊地成孔の公式サイトに掲載されていた生徒募集のお知らせだ。


さて、スタジオに入り、最初のレッスンが始まる。

自己紹介を済ませ、俺は先生に自分の曲が詰まったカセットテープ(当時はMDが普及していたのだが、スタジオに再生装置がないのでカセット指定だった)と楽譜の束を渡す。
理論を教授するにあたって生徒の力量を把握するためなのだが、俺は「これから治療が始まるのだ」という気持ちだった。
先生は楽譜をパラパラ見ながら、

「もしかして音大?」と訊いてきた。

「違います。」俺は答える。

俺は自分の表現したいことを形にするために、音楽理論等は必要ないと思っていた。
だが、記譜法だけはきちんと習得していた。
先生が音大生と間違うくらい、譜面だけはきちんと書けていた。
必要だったからだ。
バンドを辞めてしまった俺には、ギターしかなかった。
シンセ音源もシーケンサーもなかった。
PCがあるにはあったが、当時の性能は低く、DAWなんて夢のような話だった。
自分の頭の中の音楽を形にするには、俺には楽譜を書くしかなかったのだ。
来る日も来る日も、俺は部屋にこもり楽譜を書いた。
五線の上でだけ、俺の音楽は鳴っていた。
自分では弾けない難解なピアノ曲弦楽四重奏、チェロとピアノのデュオ、チェロ独奏、ギター小品、ピアノ小品、サックス四重奏、木管五重奏、等々。
とにかく俺は頭の中のものを譜面に起こした。
五線上では俺の理想の音楽が奏でられていた。
来る日も来る日も、俺は五線紙の上に音符や記号やイタリア語を置いた。
そうすることで、俺は世界が変えられると思っていた。
俺なりの革命が起こせると信じていた。
世界に対して何らかの一撃は与えられるのではないか、と。
つまりはバカだったのだ。
気づいたら二年近くの月日が流れ、世界は相も変わらずそのままそこにあった。
俺は外に出ることを決意した。

カセットを再生し、先生はにこにこしながら譜面を捲る。
音符を追う目が時折真剣なものになる。
俺は緊張しながら見守る。
一通り音源を聴き楽譜に目を通し終え、一呼吸置いて先生は言った。

「おもしろい。実に興味深い。」

先生は実験中のハツカネズミを観察しているような表情になっていた。


初出:FC2『思考の頭陀袋』2010.11.26