ジェリービーンズ

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 後ろ向きなことばかり書いても仕方がないので、ふと思い出した小学生の頃の恋の話を。

 5年生のクラス替えで好きになった子が居た。一目惚れだ。同じ学年に居たのにそれまで気づかなかったのが不思議なくらい一目惚れた。もう一度言っておく、一目惚れた。
 出しゃばる訳でもないのに自然にクラスを仕切るような明るく快活な子だった。彼女の周りにはいつも明るい光が射しているように見えた。振る舞いからそう見えていたのだと思う。あと彼女の席が窓側だったので実際にいつも光に包まれていた。
 捻くれ始めていた俺は彼女の気遣いと明るさに引っ張られてまともになれそうな気がした。一目惚れの正しさを知った。自分には持っていないものを持っている人だから好きになったのだと分かった。

 低学年の時に好きな女子とは別に仲のいい女子が居て、周りから誤解されたりからかわれたりした経験から、好きな女子以外には一切興味を示さないことを心に決めた。好きではない女子の髪型や服や髪留めや文房具を誉めるべきではない、という間違った認識を持ち続けることになる。ちょっとしたことですぐに噂したり茶化したりする一部の人間が原因なのだけれど。
 なので俺の態度はあからさまで、周りのクラスメイトにも、気づかない振りをしていたけど当人にもばれていた筈だ。

 彼女は俺が他のクラスメイトと揉めて泣いている時に心配してくれた。周りの女子たちの「放っときなよ」という制止を振り切って声を掛けに来てくれた。「大丈夫?」と顔を覗き込んでくる彼女。そりゃ惚れるぜ(もうとっくに惚れてたけど)。恥ずかしくて顔を上げられなかった。泣き顔を見られることはどうでもよかったのだが、彼女の顔が近過ぎて真っ赤になっている自分の顔を見られたくなかった。

 ここで女子に言いたい。好きでもない男子にやさしくするべきではない。俺にやさしい女子は他の人にも平等にやさしいということを忘れて期待してしまう。
 そのまま想いを告げずに6年生になり、何がきっかけだったのか勢いで告白してしまった俺は具合を悪くてして何日か学校を休み、病み上がりで登校して得られた返事は「ごめんなさい」だった。その後もクラスの友達としてそれまで同様、名字を呼び捨てし合う仲のままだった。

 俺は父の仕事の都合で6年生の途中で引っ越すことになった。最後の登校の日の帰り、彼女は仲のいい女子といっしょにわんわん泣いていた。俺を振ったくせにそんなに泣くなよ。泣きじゃくって座り込んでしまい、お別れの挨拶がちゃんとできなかった。物事の最後ってこんな風にあっけないものなんだ、と思った。
 引っ越しの直前、彼女に電話で呼び出された。学校の正門前で待ち合わせ、彼女から手紙とプレゼントを受け取った。緊張してちゃんと挨拶ができたのかよく覚えていない。
 手紙には好きだと言われたことはうれしかったと書いてあった。
 引っ越し先から何度か手紙を書いた。返事は来なかった。虚しくなって忘れようと思った。それでも彼女のことは何年も引きずった。
 大学生の時に同窓会で彼女と再会した。幹事をやっていて、変わってないなと思った。彼女とは殆ど話をせず、二次会にも出なかった。

 彼女は『メリー・ポピンズ』が好きだと話したことがあった。無知だった俺は何のことか分からず、その時一瞬頭に浮かんだのがジェリービーンズだった。話を聞いているとどうやら古い映画のことのようで、そういう映画に触れる機会があるなんてすてきな家庭環境なのだなと思った。
 なので彼女の記憶を辿るとき、ふいにジェリービーンズが頭を過る。

 彼女とは同じ塾に通っていた。
 彼女に告白する少し前のことだったと思う。
 塾が終わり、学校が同じ4人でいっしょに帰ろうとしていた。塾の壁が掲示板のようになっていて、前回のテストの結果やこれからの予定等が貼り出してあった。俺がテストの順位表を見ていたら、ふと彼女が壁に手をついて俺に寄り掛かってきた。他の2人に話し掛けつつ彼女もテストの結果を眺めているようだったが、ドキドキしてどうにかなりそうだった。彼女は平然と他の2人と話し続けている。話の内容なんて頭に入って来ない。触れてる部分が熱い。なんかいい匂いもする。とても長い時間に感じられた。胸の高鳴りが彼女に伝わってしまうんじゃないかというくらいドキドキしていた。このままでは心臓が破裂どころか自分が爆散してしまうと思い「もう帰らなきゃ」と言って俺は彼女から離れた。完全に俺に寄り掛かっていた彼女はがくんとなって少しふらついた。階段を降りる前に振り返ると彼女は恥ずかしいような残念なような表情をしていた。
 今でもあれは何だったのかと思う。告白なんてせずあの時間の中にずっと居たかった。何故自分から離れてしまったのか。彼女はあの時何を考えていたのか。

 彼女のおかげで、これといっていい事のなかった小学校5年生からの1年ちょっとの思い出が、全てきらきらしていてる。思い出すとぽかぽかしていて幸せな気分になる。何を思い出しても近くには周りを明るく照らす太陽のような彼女が居る。
 だからもう一度言いたい。一目惚れは正しい。