夢の跡地のコーヒーカップ

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 父には愛用していたコーヒーカップがあった。こうして目の前にあるのに何故過去形なのか、それには理由がある。
 父は一度このカップを割ってしまった。コーヒーを飲むために食器棚からソーサーといっしょに取り出し、不注意でソーサーを傾けてしまいカップだけが床に落ちて粉々になった。よほど気に入っていたのか、カップが割れてしまった後もソーサーは取って置いてあった。
 それから一年ほどが経過したある日、フィジーの出張から戻った父はやけにうれしそうだった。出張の荷解きをしながら「あのカップがあったんだよ!」と得意気に取り出したそれは割ってしまったカップと同じ物に見えた。どうやら宿泊したホテルでコーヒーを頼んだらこのカップに入れられて出てきたらしい。それは取ってあったことすら忘れそうになっていたソーサーにぴったりと乗った。
 どう交渉してホテルから譲り受けたのかは知らないしもう確かめる術はないが、そのカップは今も実家の食器棚にある。
 元々はドリームランドに行った際に買った物だった。そのドリームランドもだいぶ前に閉園になってしまった。