フライングVはRPGにおける勇者の剣なのか

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 タイトルは橘高文彦のインタビューからの引用だ。それを手にしてしまったら平穏な生活を捨ててドラゴンと戦うための旅に出るしかない。

 ギタリストにとって運命の一本に出会うことはとても重要なことだ。
 自分は長年ギターを弾いてきたが、これまで運命の一本に出会うことができなかった。高校生の時、池袋の楽器屋で憧れのギタリストが使用していたのと同モデル同年代製のギターを見つけたが、親に金銭面の相談をしているうちに売り切れてしまった。あのギターを手にしていたら自分のギター人生は少し違ったものになっていたのかもしれない。

 自分にとってメインギターとは何だろうか。
 誰かへの憧れやシグネチャーモデルではなく、自分らしい一本をいつも夢見ていた。ギター人生をともに歩んでいく唯一無二の相棒、そんなギターが欲しかった。橘高文彦と67年フライングVのような関係が羨ましかった。
 運命の出会いがなければ捏ち上げてしまえばいいという思いで高校から使っていたギターのパーツ交換をしたり、PRS SEを好みに寄せるためにいじりまくったり、パーツを寄せ集めてストラトを組んだりしたが上手くいかなかった。その間に好きなギタリスト2人のシグネチャーモデルを1本ずつ買ってしまった。ストラトは5年掛けて納得の一本になったのだがそれはまた別の話。

 去年の秋頃、りもーすさん主催のメタルコンピへの参加を表明し、久し振りにメタルをやる決断をした。思えばギターを始めた当初はメタルギタリストを目指していたのだが、メタルを弾きこなすためのテクニックが身につかず遠ざかってしまっていた。そしてメタル回帰のためにはどうしても必要だと思い長年の憧れであるフライングVを探し回った。Vを手にするのは人生においてこのタイミングしかないと思った。しかし時代の流れなのか、ハイエンドギターを扱っている店にはカスタムショップ製のVが何本もあったりするのだが、Vシェイプを置いてる楽器屋は本当に少なかった。結局立川の楽器屋で見つけた、ギブソンでは最安のFadedシリーズの中古を買った。
 何度も眺めては手にする覚悟がなく見送っていた形。V独特の中高域が目立つ音。泣きのフレーズはVから引き出されるのだということを実感した。
 色は違うものの、橘高文彦の67年Vとシルエットだけでも同じにしたくてブリッジとテールピースを交換し、トグルスイッチの向きを変え、エスカッションをピックガードにネジ止めした。エンドピンの位置も変更したかったが木部へ手を入れるのは躊躇ってしまいそのままだ。出力が高めのピックアップはT-Topのレプリカに換装した。
 もう今後のギター人生はこれでいけるんじゃないか、という一本になった。
 その後の冬休みアレンジ祭の提出曲をギター演奏のみで作り上げたのもこのフライングVがあればこそだった。

 長い長いギター探しの旅がようやく終わった。

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 訳ではなかった。

 

 シグネチャーモデルではないとはいえ憧れから使い始めたフライングVを自分の相棒としてよいものなのか、というのが頭の片隅にあった。なのでなんとなくギター探しは続けていた。そして見つけてしまった。
 Kino Factoryという長野にある工房のVシェイプのギター、vysk。去年Vを探していた頃にはまだ出来ていなかったギター。海外製ではなく国産のギターというのもうれしい。
 誰かへの憧れやシグネチャーではない自分にぴったりの一本はこれなのではないかと思った。今のところこの仕様はこれ一本しか作られていないようだし、モデル名に自分のイニシャル入ってるし。
 調べてみたらv=Vシェイプ、y=よしだ、s=さくら、k=Kino Factoryで「vysk」となったそうだ。当たり前だが「sk」は自分のイニシャルではなかった。(補足しておくが、vyskはメタルバンドHAGANEのギタリストよしださくら氏が命名の元にはなっているが、白ボディにミラーピックガード、1ハムのvyskがよしださくらシグネチャーモデルで、vysk自体はよしださくらシグネチャーという訳ではない。そして自分は断じてHAGANEおよびよしださくらのファンではない)

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 写真と仕様説明を見てピンときたvyskではあるが、置いてあるのは浜松にある楽器屋で、自分が買いに行くまでに売れてしまわないかとひやひやしながら日々を過ごしていた。
 丁度と言っていいのか分からないが、楽しみにしていた富士急ハイランドでのイベントが延期になってしまい、申請していた休みが宙に浮いてしまう形となった7月の終わり、今日しかないと思い朝ごはんを食べながら浜松に行くことを決めた。

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 新幹線で浜松へ。移動時間がたっぷりあると思い文庫本2冊を鞄に入れて出たのだが、車窓から景色を眺めるのが楽しくて一文字も読めなかった。

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 楽器店へ向かうためのバスを待っている間にヴァイオリンを抱えている人を何人も見かけた。やはり浜松は音楽の街なのか。何故かポルトガル語で注意事項が書かれている看板。

 楽器店に着くなり、すぐにvyskの試奏。担当の方がその場で新品の弦に張り替えてくれた。 緊張しながら最初はクリーンで音を出す。ネックの幅も太さも丁度いい。指板も丁寧に加工されていて弾きやすい。指が慣れてきたところで歪みチャンネルに切り替える。高音弦のビブラートの反応がとてもいい。指先で意図したことが瞬時に音に変わって響いてくれる。自分の腕前が一段階上がったような気持ちになる。運命の出会いってこういうことか!と実感した。買うしかないというより、自分の物にしたいという思いが強かった。

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 Kino Factory vysk 2H Walnut

 高校生の時にあのギターを買えなかったのも、憧れが強いのに何度か目にしたスパークリング・バーガンディのフライングVを買わなかったのも、このvyskに辿り着くためだったのだと思う。
 ギター選びにおいて重要なのは、その楽器を選択した自分を信じて使い続けていくことなのだと思う。それが運命だと信じて自分の道を歩き続けていく覚悟があれば、そのギターは寄り添って支えになってくれるはずだ。

 

参考文献
『PLUM別冊 橘高文彦 魅惑のハード・ロック・ギター教本』立東社 (1992)
『ヤング・ギター6月増刊号 100%橘高文彦』ワイ・ジー・ファクトリー (1994)
『Fumihiko Kitsutaka 25th Anniversary ~LIVE! DREAM CASTLE~』Blasty (2011)
『SHINKO MUSIC MOOK ヘドバン Vol.2』シンコーミュージック・エンタテイメント (2013)